『バースデーケーキの上を歩いて帰った』の歌詞の意味・解釈

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チャットモンチー『YOU MORE』のアルバムに収録されている、『バースデーケーキの上を歩いて帰った』の歌詞の意味と解説です。

タイトルの通り、冒頭の歌詞からして牧歌的な空気感が漂いますよね。

 

バースデーケーキの上を歩きながら、ろうそくを吹き消して回る。だなんて。

でも歌詞の主人公はふと疑問に思います。

あとどれぐらい同じことを繰り返すんだろう、と。

 

年をとる喜びが、いつしか絶望になって。

絶望になったいまでさえも、年をとることは希望の日であって。

クラッカーだけじゃ喜べない、シャンパンの味を知ったいま、感じるお誕生日とは。

 

歌詞をなんとなくふわふわ包む空気感があるからこそ、地に足のついた言葉にハッとさせられます。

 

決して明るい歌詞ではないけれど、かといって救いがないわけではない。

元気になれる楽曲だなぁ、と感じたことを自分なりに言語化していきます。

 

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吹き消すのは希望か絶望か

 

バースデーケーキの上を歩いて、しかもマンションの向こうまでろうそくが見えています。

場面は変わって環七通り。

月は白熱電球、街灯はろうそく。

月が消えたせいで、余計にろうそくは存在感を放ちます。

 

自分の何倍の背もあるろうそくを消すのは、並大抵のことではありません。

しかも年を取るごとに1本増えるときたものです。

もう辛くて辛くてしょうがない。

 

だけど1本の増えたろうそくに、どれだけの1年が詰まっていたのだろう。

現実では一瞬で消える1つの灯は、まさにこれまでの人生を歩んだ証なのです。

 

あとどれくらい繰り返すだろう

あとどれくらい吹き消すだろう

希望と絶望を

 

歳をとることで、自分がクローズアップされる喜び。

歳をとることで、若さを失い、自分の可能性が閉じる恐怖。

 

1個1個のろうそくをしっかり消すからこそ、昔消した1本のろうそくにも想いが巡ります。

 

生きていることさえ考えもせず、毎日真新しいものに触れられた希望。
友達と自分の家庭の違いに、理不尽を覚えた絶望。

テストや試合がうまくいって、いくらでも前を向けた希望。
努力は簡単に裏切ることを思い知った絶望。

好きな人と付き合えたときに広がる希望。
いじめられて誰にも頼れなかった絶望。

新社会人を迎えて、何にでもなれそうに感じた希望。
理想と現実の埋めきれないギャップに苦しんだ絶望。

広がる出会いの分だけ、豊かになれた希望。
形あるものに、当たり前はないと改めて気付かされる絶望。

何にも期待しなければ、傷つくことはない希望。
何も行動を起こせない自分への絶望。

 

あとどれくらい希望を得られるか、と思えば胸が湧く。

あとどれくらい絶望するか、と思えばもう生きない方がマシかもしれない。

 

次第に希望も絶望も慣れ親しんでいきます。

 

どうせ叶いっこないから、と吹き消した希望。

心を鈍らせて考えないように、と吹き消した絶望。

 

敏感だった昔の心には、もう戻れない。

これ以上、心を鈍感にしたら何にも心には揺れなくなっちゃうんじゃないか。

事実、希望にすがる前から諦めて、確かに感じた絶望は乗り越えられてしまった。

 

こんな生き方、あとどれぐらい続けたらいいの?

これから先、どんな未来を捨てて、どんな絶望に飲まれるの?

あと何十年も生きられる社会。

あと何回吹き消さないと、生きていけないんだろう。

吹き消す希望も絶望も、なくなってしまえばいいのに。

 

唯一、自分が無条件で祝福されて良い日

 

未来も過去も、考えるほど苦しいけれど、唯一「いま」という刹那を楽しめる日。

それは皮肉にも誕生日なのです。

 

クラッカーが鳴れば、日常は散り散りに破れて、非日常が顔を出す。

シャンパンを飲めば、泡が弾けるようにしがらみも溶けてなくなる。

 

今日だけは、今日だけはそれでいいじゃないか。

自分が歳をとるだけで、わけわからないけど、なんだかめでたくって。

深いことは気にせず、楽しい時間に身を任せればいいじゃないか。

 

きっとそれは「どっかの誰か」も同じこと。

だって誰もに平等に訪れる日だから。理由はそれだけ。

だからこそ不安がらずに、今日はハッピーのまま、1日を終えていいのです。

 

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何をどうしたって、生き方は変えられないからこその救い

 

私が冴えないのもわかってる。

でもスポットライトが射しているんだもの。

街頭が並ぶ通りに歩いていこう。

ハッピーな気分になれば、ろうそく1本1本が誇りにも思えます。

 

過去は変えられないし、未来は制御できっこない。

そんなもの一切合切、藪に突っこんでしまえばいい。

いまを純粋に楽しもう。

 

いまこの瞬間へと地に足がついたとき、自分のことも客観視できる余裕が生まれます。

結局どう生きたって、希望も絶望も吹き消す瞬間がくるのはわかりきってる。

その事実から目を背けず、覚悟を決めて受け入れるのはきっと絶望ではなくって、全力の自己肯定、つまり希望なんだと思います。

 

これまでの自分と、これからの自分を認めてあげられる。

ほかの誰かではなく、自分だからこそできること。

自分を無条件で愛せるのは、自分しかいないのです。

 

救いは自分にあるんだよ、とやさしく諭してくれる。

そんな元気をもらえる曲だな、と感じます。

 

chatmonchy has comeのアルバム表紙

チャットモンチーのハナノユメの歌詞にXジェンダーの私が共感する理由

 

 

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