きまぐれに登った高尾山のこと




山に登りたくなった。その想いが夏と秋の境のある早朝、頂点に達した。前々からうっすら気になっていた高尾山だが、今が登るときだと思った。しかし山に出かけるなんて小学生以来のこと。何を持っていったらいいかわからない。

とりあえず水筒に水を入れた。一応気温は30°Cを超えるぐらいだし、水分は必要だろう。そういえば山は天気が変わりやすかったな。まぁ高尾山ぐらいなら多分大丈夫だろう。それに予報もずっと晴れだ。下山したら銭湯に入ってみたいので着替えも持った。銭湯も初めてなので行ってみたかった。暇つぶし用の本を1冊入れる。服装は動きやすければ良いだろう。

ふと山といえばおにぎりだなと思い立ち、ごぼうおにぎりを握ってみた。練りごまとすりごまを塩茹でしたごぼうに煮絡めて醤油で味付けしたものをおにぎりの具にしただけだ。簡単だけどとても好きなおかずだからおにぎりにも合うに違いない。おにぎりを生産しているうちに出発時間を過ぎていたので、弾けるように家を出た。

 

急いで電車に飛び乗って気付く。おにぎりはピクニックではないのか。山だからおにぎりというのはあまりにも小学生すぎる安直な発想だ。若干の後悔を振り払うように、高尾山について調べ始めた。

登るのはもちろん初心者コースである、一号路に挑戦しよう。だいたい麓から4㎞、100分で登れるのか。頂上でおにぎりを頬張り、下山しながら団子を食べよう。とろろも有名なのか、何年も食べていないから食べたいなぁ。僧侶が登った道を登るのか、まぁだいたい僧侶は山を登りがちだよな。高尾山口駅のとなりにちょうど銭湯があるのか、ラッキーだ。なんて考えていると高尾山口駅に着いてしまった。

ホームを出ると空気がおいしく感じた。多分電車の中の空気に慣れていたからだろうが本気でうまいと思った。山にも登らず深呼吸している人は自分だけだったがそれよりも気になることがあった。高尾山口駅に近付くに連れて人の服装が変わりつつあった。ほとんどの人が原色系の目に優しくない色をした登山用のシャカシャカを着ている。靴もちゃんと登山用の靴底が分厚いものだ。しかも8時30分頃だからそのほとんどが老人であった。

かたや自分はパーカーにスキニージーンズ、スニーカーだ。登山用のガチ装備を着こんだ老人たちに、ここはお前のような甘えた人間が来るべきではないところだよ、と警告されているようだった。いったん気になり始めると、同じような格好をしている人はほとんどいない。いたとしても自分と同じように1人ぼっちでキョロキョロしている登山初心者だった。

もう行くしかない。高尾山から制裁を受けて山の片隅でひっそりと人生の幕を閉じようと自己責任だ。たかが高尾山と侮った2時間前の自分の目を覚まさせたい。せめて人の迷惑にならないようにこの登山を全うせねば。覚悟を決めて入山した。

 

やばい思ったよりもきつい。10分ぐらい歩いてわかった。やっぱり山を舐めていたのだ。山を舐めるべきではないと、遭難者が出るたびに声を揃えていた有識者の言葉がこだまする。実際自分よりハイペースで登り続ける年長者もかなりいた。ジーンズも上り坂では上りずらいし、パーカーも汗をかくだけだし、スニーカーも底が薄いせいで坂の凹凸が刺さるようだった。自分は招かれざる人間だったのだ。

いったん始まった恨み節はしばらく続いたが、ペースをつかむと楽しくなってきた。なにしろ学生時代は陸上の長距離を専門にしていた。その練習のなかでも登りの坂ダッシュは嫌いじゃなかった。足への負担を抑えつつ、身体に負荷をかけられるからだ。目の前には永久に続くとも思われる坂が果てしなく続いていたが、一歩一歩集中して登れた。

周囲の様子を見る余裕もできた。1円玉ほどの葉をつけた蔦、浸食されて作られた芸術的な土壁、坂に転がる朽ちたヤママユガ、そのほかのすべてが膨大な時間の流れの末にできたものなのだと直感させられた。そんな山の壮大さや神秘さが肌に染み込んでいく。この山は何年、何十年、何百年もこうして登る人々を見守り続けていたのだろうか。いくつの命を取り込んで、この山を維持しているのだろうか。

リフトやケーブルカー乗り場に近付くと、嘘のように坂の勾配が小さくなった。てっきり心臓破りの坂が残り2㎞も続くと思っていたから残念だ。ここまでくると登山用の格好でない人も多くなる。なるほど、自分はそっち側の格好だったわけだ。あとは頂上まで楽々登るだけだった。

途中の薬王院に差し掛かると、唸るような音が響いた。立派な袈裟を着込んだお坊さんたちが、法螺貝をふきながら列を作ってお寺に入るところだった。時刻は9時30分ごろ。とてもありがたいものを見ることができたが、今回は山頂に登ることが目的だ。またこの時間に山に登ればいいだろうと思い、先を急ぐことにした。

 

頂上に着くとたくさんの人で賑わっていた。思ったよりも多くの人がいた。よくよく見るとみんな思い思いのものを頬張っている。自分も食べようと思ったが、おにぎりなんてピクニック感全開の人はいなかった。そのうえごぼうおにぎり渋すぎるものを持ってきているのは自分だけだった。これでは不殺生を良しとする本物の修行僧ではないか。朝早くからせっせと登るところもそうだ。目につく人はカップ麺や焼きそばパンなどのハイカラフードを食べている。いったん考えだすとどんどん悲しくなるのでやめた。
開き直って堂々とおにぎりを食べ、周りの山を眺めた。富士山のところだけちょうど雲がかっていて見えなかった。まぁこの景色も悪くない。
・・・雨だ。パラパラ降ったり、一時は強めに降りつけたりしている。どうしようもないので早めの下山をすることにした。やはり山には全てを見透かされているようだ。
なんだか良いことが続いていない気がしたので、薬王院でおみくじを引くことにした。凶だった。
病気は注意を要します。悦びごとはありません。待ち人は来ません。訴訟、望みごと共に叶いません。争いごとは負です。売買は共に悪いです。新築、移転、縁談、旅行みな悪いです。失物は出ません。
これは本当に凶なのだろうか。大凶だったらどうなってしまうのか。あなたに存在価値はないから諦めろとか言われてしまうのではないだろうか。世の中には気を使われた方が傷つくことがたくさんある。こんな大凶をオブラートに包んだ凶のほうが余計に惨めだ。お願いだから大凶だと言ってくれ。
行きでは開いていなかったお土産屋さんを横目に、急いで下山する。そういえば団子の補給をしていなかったことに気付く。しかしこういった食べ歩きというのは、一緒にいる人がいてこそおいしく感じるものなのだ。
しょうがないので店先でお団子を食べている人が多いところで食べることにした。くるみみそのお団子だった。味噌ダレがたっぷりついていて、タレの甘じょっぱさ、団子の柔らかな甘さ、くるみとみその香ばしさがとても合う。1本350円と観光地価格のように感じるが、団子1つの大きさもあって満足感がある。くるみみそもなかなか普段食べられるものでもないのでおすすめだ。
下りは登りより厳しい。なぜなら登りは筋肉を使うのに対して、下りは関節を使って降りる。関節は耐久消費財のようなものだ。これまでの陸上人生で足の関節という関節を使いつくしている自分にとって、下り坂は足を痛める忌まわしい原因の1つだった。
そのことを思い出したのはリフトにもケーブルカーを通り過ぎた急勾配な坂を下りているときだった。もう慎重に下りるしかなかった。結局70分で登った道を80分前後で降りることになってしまった。
下山してからとろろを食べていないことに気付いた。あれこれ悩んだ末、とろろそばを食べようと思った。夏の暑い日に食べるとろろそばは格別だろうし、また夏にここへ来るかはわからなかったからだ。
注文してみると、出て来たのは温かいとろろそばではないか。写真にのっていたものを指さして注文したが、あれは温かいほうだったのか。頭がバグっていたようだ。夏にわざわざなんで温かいとろろそばを食べているのかわけがわからない。下山して直後の火照った身体に追い打ちがかかる。結局疲れた身体に染み込むようでそれはそれでよかったのが救いだ。それでも食べながら最初から最後まで詰めが甘くてダメダメな自分を噛みしめるようで情けなかった。
店を出ると晴れた空が迎えてくれた。雨は自分を山から追い払うように降っていたのだった。それでも外はかなり涼しく、銭湯によりたいほど暑くはなかった。
今度来るときは透き通るほど晴れ渡った日にしよう。それも熱中症にかかるぐらいの真夏日だ。おにぎりも天むすぐらいゴージャスなおにぎりなら修行僧スタイルにならなくて済むだろう。これも準備の1つだ。雨具も服装も、一緒に来る人も全部揃えてやる。引くおみくじも大吉だ。リフトやケーブルカーを駆使して下山し、最後には勝利の祝杯として冷やしとろろそばを食らうのだ。そして銭湯で疲れを癒して高尾山に完全勝利するのだ。来年の夏、高尾山にリベンジすることを誓って社会人1年目の夏は幕を閉じた。